グループウェア環境で欠けていたもの
アメリカでのグループウェア▲研究が一段落した1990年代になって、同期・対面環境では当たり前の存在感、実在感や臨場感が、グループウェア環境では欠落していることに気付き、存在感、実在感や臨場感等の「アウェアネス」(気付き)を補完する研究(*07-1)が勃興してきた。その研究はDourishらの「誰が誰と話し、誰が話し手や聞き手の周辺にいるか、彼らはどのような行為をしているか」といった日常の同期・対面作業では当たり前の情報が、グループウェア環境では欠けているという認識から出発した。まず存在感や実在感のアウェアネスを伝達するグループウェア環境の構築研究が起こり、ついで現在では対面環境以上の臨場感のアウェアネスを伝達するグループウェア環境を構築したいという研究開発が盛んに行われている。
実際、分散協調作業の進捗を支援するには、アイコンタクトのできる環境を必要とするという視点から、MIT▲の石井裕はすでにゲイズ(まなざし)アウェアネスの提供できる環境を構築していた。仮想空間でのオフィスでの出勤感や連帯感を高めるための位置アウェアネスの研究、会話開始のためのきっかけをつくるための同じ作業をしていることを相手に気付かせる存在のアウェアネス研究、インフォーマルなコミュニケーション▲を促進させるインタレストアウェアネスの研究等が積極的に行われた。このような研究の延長線上にナレッジアウェアネス、情報取得アウェアネス、WWWアウェアネス、コミュニティアウェアネス等のさまざまなアウェアネス研究が行われた。最近のグループウェア、CSCW(Computer
Supported Cooperative Work)▲関連の国際会議では、何らかの意味でアウェアネス関連の研究といえるものが激増している。
野中▲のSECIモデル▲との対応において、アウェアネス支援の重要性を位置付けると次のようになる[★07-1]。従来のコンピュータソフトウェア研究は連結化支援システムの実現、発想支援ソフトウェア研究は表出化支援システムの実現に相当する。それでは形式知▲を暗黙知▲にすりこむ内面化支援システムの研究、および暗黙知を暗黙知のまま伝承する共同化支援システムを実現するにはどのようにすればよいのか。この長年の疑問に対する解答の一部はアウェアネス支援機能の実現によってなされる。
実際、北陸先端科学技術大学院大学▲でも臨場感、雰囲気、気配、熱気、凄(すご)み等のアウェアネスを伝達できる遠隔コミュニケーション技術の研究開発を行っており、これにより分散環境でも対面環境と同様な突っ込んだ遠隔会議や遠隔教育▲が可能となることが期待されている。日本学術振興会の未来開拓学術研究推進事業で、宮原は深い感激をも伝達できる電子的AVシステムを試作し、深い感性をも共感できるアウェアネス基盤が構築できることを実証した。これらの研究は単なるビジネス支援を超えて癒しを促し、切れる子供たちを救う新しいヒーリングテクノロジーとして開花する可能性がある。具体的応用研究として、アウェアネス研究とセンサー技術を融合し、一人所帯あるいは独居老人向けのアウェアホームを建築しようという動きもあり、興味深い。
アウェアネス研究の広がり
知識科学▲の立場では、アウェアネスは形式知のみならず、暗黙知の伝達をも支援できる(*07-2)グループウェア環境を構築する研究開発とみることができる。サブリミナルマインドに関する認知心理学の実験によると、人間の記憶には再生、再認、再学習の3つの階層がある[★07-2]。アウェアネス研究はこのうち「言われる、見せられる、あるいは示される」と分かる再認レベルの記憶を、暗黙知でなく形式知にプルアップする技術ととらえることができる。例えば再認レベルの暗黙知を言語知(形式知)として抽出したり、再学習レベルの暗黙知の一部をハイテクセンサーによって検知し、それを何らかのフィルターを通し形式知に変換することができる。センサーとしては視覚・聴覚に関連するセンサーのみならず、触覚・臭覚・味覚に関連するセンサーを利用することができ、将来的には五感通信を実現すること(*07-3)ができる。
なお、脳科学の領域でも、意識の階層構造として自己意識、アウェアネス、覚醒という3階層を考えており、自己意識の下位にアウェアネスと覚醒という広大な無意識世界があることを主張している。その意味でアウェアネス研究の奥行きは深いといえよう。
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