暗黙知と形式知の絶え間ない変換
知識は「暗黙知▲」と「形式知▲」の間の絶え間ない変換によって創造される。個人の知が経験によって身体知▲として蓄積された、言語化されていない暗黙知である場合、その知はそのままでは他者と共有できない。その知から新しい知識を創造しようとするならば、暗黙知を言語化して形式知に変換し、共有可能にすることが必要である。また、共有された、あるいは新たに創造された形式知は、そのままでは個人が活用することができないこともある。個人が外部から取り入れた形式知を活用するためには、いったん自分の中でその知識を消化して、暗黙知として自分の身につけるプロセスが必要なのである。
こうした変換プロセスを知識科学では、SECIプロセスと呼んでいる。SECIプロセスは、「共同化(Socialization)」、「表出化(Externalization)」、「連結化(Combination)」、「内面化(Internalization)」の4つの変換モードからなる(図参照)。
第1のモードは、暗黙知から暗黙知をつくる「共同化」である。これは経験を共有することによって、他者のもつ暗黙知を獲得することである。典型的には、徒弟制度の下で親方の仕事を観察・模倣・訓練することによって弟子が技能を体得するプロセスや、企業におけるOJT▼1や第三者(例えば、顧客やサプライヤー)との共感・共体験を通じた暗黙知の触発などである。
第2のモードは、暗黙知から形式知に変換する「表出化」である。熟練技能の伝承過程からも想像されるように、直接経験を共有した範囲の人々の間でしか暗黙知は共有できない。暗黙知を第三者にも分かりやすいように言葉に変換していく「表出化」は、個人に内在する暗黙知を参加しているメンバー全体に共有化し、集団知として発展させていくために不可欠である。表出化は、研究開発チームが新製品のコンセプトを生成するときや、現場の熟練労働者が体化している技能をマニュアルに落とし込もうとするときに生じる。ここでは主に「対話」という共同作業によって、個人がもつ暗黙知が明示化されていく。対話におけるメタファー(暗喩)やアナロジー(類推)の使用は、言葉になっていないアイデア・概念に目に見える形を与え、概念同士を関連付けることによって、表出化を促進する。
第3のモードは「連結化」である。「表出化」によってグループレベルの集団知になった形式知は、連結化されて組織レベルの形式知に変換される必要がある。典型的には、新製品開発のコンセプトの操作化やデータの組み合わせによる意味生成の分析プロセスである。
インターネット▲に代表される最近のITの目ざましい発達は、組織のあちこちに分散した知をすばやく、低コストでシステム化することを可能にした。たとえば、営業担当者が個人としてもっている顧客情報や、各店舗ごとに管理されていた製品の売上情報を、世界規模でデータベース化してマクロな市場戦略に結びつけたりするように、分散した情報の断片を収集、分類、体系化して新たな形式知にすることができるのである。しかし、形式知と形式知と単に結びつけるだけでは、知の管理を効率化したとしても必ずしも新しい知を創造することにはならない。形式知の結合だけでは企業の既存の知識ベースが頭で分かったにすぎず、身体で分かったことにはならないからである。
「内面化」の重要性
そこで知が身体知にまで高められるためには、形式知を個人の暗黙知にスキル化する「内面化」のプロセスが次に重要となる。これは上記の3つのプロセス(S、E、C)を経過する中で、頭で理解した知を行動を通じて自己の中に暗黙知として再び取り込むプロセスである。自己の想いを言葉や製品といった形に具現化し、再び自己の中にスキルとして取り込んでいくことによって、個人の持つ暗黙知はさらに豊かになっていく。知識創造が「自己超越▲のプロセスである」とされるのはこのためである。
これら「共同化」、「表出化」、「連結化」、「内面化」という4つの変換プロセスを経ることによって、最初に個人がもっていた暗黙知は、集団や組織に共有・正当化されて増幅されていく[★02-1]。たとえば、個人が生産現場で蓄積したノウハウは、改善提案という形で言語化され、形式知となる。こうした提案がいくつも集められて体系化され、製造マニュアルや生産ラインの改善が行われる。そして個人は新しい製造マニュアルや生産ラインに含まれる形式知を自分の中にもう一度暗黙知として取り込むことによって、その知識を活用するのである。
知識はこの4つの変換プロセスの上で、円ではなく螺旋(らせん)=スパイラルを描きながら変換され、創造されていく。知識創造のプロセスは、SECIを一周すればそこで終了するのではなく、個人に内面化された暗黙知が新しいSECIプロセスの出発点となって、絶え間なく知識創造が行われるのである。
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