インフォーマルコミュニケーションの重要性
組織内のコミュニケーション▲は、フォーマル(正式・公式の)とインフォーマル(略式・非公式の)に分類されることが多い。前者は、仕事の報告や会議などであり、後者は、喫煙室での会話や廊下での立ち話などである。後者は前者に比し、発生が時間・場所ともに偶発的であり、コミュニケーションの相手が不特定で話題も定まっていないことを特徴としている。ただし、両者は日常の中ではその境界線は必ずしも明確ではない。コミュニケーションを特徴づける要素として、時間、物理的空間、相手との関係、会話の内容を挙げることができるが、これらはそれぞれにフォーマルとインフォーマルという両面をもっており、常にそれぞれが切り替わりながら、コミュニケーションに影響を与えている。例えば、会議室というフォーマルな場所であっても、会議が終わればインフォーマルな時間となる。また、ティールームであっても、そのときの会話の内容によってはフォーマルなコミュニケーションとなり、仕事の商談などで完全にフォーマルに利用される場合もある。また、相手が上司であることなどでインフォーマルな場所・時間であってもフォーマルなコミュニケーションに偏るということもよくあることである。
フォーマルなコミュニケーションが重要であることは言うまでもないが、近年インフォーマルなコミュニケーションの重要性が特に指摘されてきている。組織の一体感や人間関係はフォーマルな仕事を通して形成される面も多いが、その基盤にインフォーマルなつながりがあることを前提としている。非計画的で偶然性をもった気楽な場所での出会いや会話が、個人的な関係の確立・維持を可能にし、そのような個人的な関係が共同作業を円滑に進めるのに不可欠であるからである。また、人々は主にインフォーマルコミュニケーションを通じて重要な情報を得ていることや働く環境における大部分の交流は、人々がたまたま会ったときに行われていることなどが報告されている。分かりやすくいえば、会議ではなかなか本音は出ないが、喫煙室やお茶のみ場での話や廊下での立ち話は本音が出やすく気心が通じやすいということである。
インフォーマルコミュニケーションの重要性がよく認識されてきた背景には、情報技術の導入によりオフィスが分散型になり、インフォーマルなコミュニケーションが希薄となったことからくる弊害が目立つようになったこと、ナレッジマネジメント▲の考え方が社会に浸透し、暗黙知の共有の重要性がよく認識されてきたことなどがある。
暗黙知を形成し、知識創造を支援する
★29-1は、コミュニケーションを支援する情報技術を示している。これまでのグループウェアやCSCW▲▼1の研究は、比較的フォーマルなコミュニケーションを支援することが多く、作業者全員が同じ部屋で作業する形態を支援する対面型(例えば電子会議室)と、作業者が地理的に分散して作業する形態を支援する分散型(例えば分散型会議支援)に分類される。インフオーマルコミュニケーション支援の研究は、マルチサイト化したオフィスの拡大などに影響を受け、これまで遠隔分散型環境でのシステム開発が主に行われてきている。例えば、ビデオ通信を用いたアウェアネス支援▲として、いかにしてプライバシーの保護を保ちながら偶発的な交流を増やすか、いかにして突然訪問を受けるといった侵入感を軽減するかなどの研究がなされている。
一方、対面型のインフォーマルコミュニケーション支援の研究はあまり行われていない。北陸先端科学技術大学院大学▲知識科学研究科では、知識創造ビルディングス▲における知識創造エア▲研究の一環として、共有インフォーマル空間における知的触発の研究を行っている。ひとつは「サイバー囲炉裏(いろり)」[★29-2]と呼ばれるもので、伝統的な囲炉裏を囲むような居心地の良いインフォーマル空間の創造の試みである(*29-1)。もうひとつは、通りがかった最寄りのディスプレイに自分が何を求めているかの情報が自動的に表示され、他の通行人との会話が促進される「行きずり交流システム」と呼ぶコミュニケーション触発支援システムである[★29-3](*29-2)。両システムとも評価実験によりその有効性が確かめられている。
今後、インフォーマルコミュニケーションの研究は、組織における暗黙知の形成や知識創造支援という観点から知識科学▲やコミュニケーション科学の分野への大きな貢献が期待されている(*29-3)。
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