知識としての政策
「社会科学的知識の政策形成への利用」に関するこれまでの研究は、「あまり利用されていない」という意外な発見に終わり、政策と知識▲を分ける発想の限界を露呈した。その限界を乗り越えるためには、政策を知識と見て、それがいかに創造されるか、そのプロセスを政策形成のフェイズ(局面)だけでなく、政策過程すなわち政策の形成・実行・評価のすべてのフェイズにわたって研究することが必要である。
政策には、行為と知識の二面性があり、「政府による一連の行為」という定義が教科書的な通説であるが、一方でそれは、行為のための指針でもある。その中には、行為と結果の因果関係についての暗黙的あるいは明示的なモデルが含まれており、その意味で知識の側面をもっている。例えば、経済学理論の実践である経済政策は、政策が行為のみならず知識であることの好例である。
また、政策が形成・実行・評価される過程では、現状ないし問題の分析、政策がもたらす成果の事前予測、実行しながら行う事中評価、あるいは結果の事後評価など、政策分析家(ポリシーアナリスト)や学者による調査研究が行われ、知識が創造される。それだけでなく、巨大な組織である中央政府は、膨大な統計データを収集し、それらの分析から情報を抽出して、白書などの形で知識にまとめることを通常業務(ルーティン)としている。
さらに、政策が決定されるときには、政策分析家(ポリシーアナリスト)がつくるいくつかの代替案が、形式知▲として政策決定者(ポリシーメーカー)に提示されることが多いが、それらの中から政策決定者がひとつを選択する場合、彼のもつ世界観やイデオロギーなどの暗黙知▲が大きな影響を及ぼすと考えられる。
政策が実行されるフェイズでも、知が創られる。政策は、典型的には形式知としての法律や条令の形を取るが、いうまでもなく、それらは大きな指針ないし枠組みを提示するだけであって、実際に行使される現場の複雑な状況に合った細かな指示を出しているわけではない。現場の実務者(たとえばソーシャルワーカー)が、日々の実務の中で、政策の内実を実践知として創っていくのである。
政策という知が創造されるプロセスは、「政策知創造プロセスのEASIモデル▲」によって説明できる。すなわち、新しい政策知は、「体験から生まれる知覚データの集合としての思い(暗黙知)」、「議論によって表出化された断片的な情報としての政策コンセプト(形式知)」、「総合化された知識としての政策(形式知)」、「政策実行から生まれた知恵としての実践知(暗黙知)」のように、データ、情報、知識、知恵と相変化しながら創られるのである▼1。このように、政策過程を知を創造するプロセスと考えることによって、その新たな側面が見えてくる。政策科学の「知識的転回」(the
epistemic turn)が必要とされるゆえんである。
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