電子を媒体としたインタラクティブアート
モダンアートの世界では、1960年代におけるキネティックアート▼1と呼ばれる科学技術を応用した動きのある表現への挑戦以降、完成された展示作品から観客が変化させ相互作用を受ける作品へと、表現形態が大きく転換していった。そして、このような表現形態への移行は、1980年代以降のコンピュータの普及により加速度を増すことになり、現在では、この分野の芸術をメディアアートと呼ぶようになった。
メディアアートという言葉の定義とその範囲は、時代背景(特に技術的背景)に左右されることが大きいが、ビデオやコンピュータ等のような、本来は記録や計算への用途を目的とした電子的な機材を表現の媒体として用いるような芸術形態を指すものだと考えれば間違いはないだろう。メディアアートという言葉が誕生する以前は、コンピュータアートやビデオアートなどの言葉が用いられていたが、現在ではそれらを包括するものとしてメディアアートという言葉が使われている。
主に電子的な媒体を用いて制作された作品は、従来の絵画や彫刻などのイメージの固定(定着)により表現されたものとは異なり、インタラクティブ(相互)性や可変性などの特性をもっている。すなわち、メディアアートの多くの作品は、直接触れて体験することができ、そこには作品と観客との対話が生じ、観客の働きかけにより容易に変化するものである。また、一部の作品では、観客の参加をもってひとつのアートとして完成するものもあり、極端な言い方をすれば、観客一人ひとりがオリジナルなアートをその場でつくり出す環境を与えていると言えよう。
メディアアートの表現形態
メディアアートは、テクノロジーをベースにしていることもあり、表現の形態は極めて多岐にわたる。写真や映画、ビデオアートなどは歴史も古く、既に確立されたメディアアートのひとつの領域であるが、現在の中心となっているのがコンピュータを用いたメディアアートである。その範囲は、CG(コンピュータグラフィックス)やコンピュータミュージックにはじまり、最近ではVR▼2や人工生命▼3、インターネット▲などの技術が用いられたものにまで至っている。特にインターネット技術を用いた作品では、作品の公開の場が固定された実空間ではなくネットワーク上の仮想空間内であり、空間的および時間的な制約から開放されている。また、ネット上の多数の観客がコラボレーションしながらオリジナルな作品をリアルタイムで制作することも可能であり、表現の幅は格段に広がっている。
メディアアートの中心的な役割を果たしている組織やイベントとしては、アルス・エレクトロニカ(Ars
Electronica オーストリア)やシーグラフ(SIGGRAPH アメリカ)、ミリア(MILIA フランス)などが著名であり▼4、代表的な作家には、クリスタ・ソムラー(Christa Sommerer)&ローラン・ミニョノー(Laurent
Mignonneau)や岩井俊雄、藤幡正樹、ジェフリー・ショー(Jeffrey Shaw)らが挙げられる。
岩井俊雄の作品には、音と映像を結びつけたインタラクティブな作品が多い。有名な作品に、「映像装置としてのピアノ」[★48-1]という作品がある(*48-1)。この作品では、観客の手元にあるトラックボールを操作して、コンピュータで作られた、流れ動くグリッド状の映像上に光る点をプロットしていく。プロットされた点は、時間とともに奥に設置されたピアノに向かって移動していき、点はピアノと交差した瞬間に個々の鍵盤を叩く。すると、音が鳴ると同時に、天に向かって放射されるように幾何学的な模様や映像が、垂直に張られたスクリーン上に投影される(写真)。すなわち、光が音に変換され、その音から光が生まれるというイリュージョンが生み出されており、電子メディアを駆使したメディアアートの秀作と言える。
また、MIT▲メディアラボの石井裕は、「タンジブル・ビット」というコンセプトのもとにテクノロジーとアートの統合を試みている。これは、デジタル情報に物理的実体を与えることでデジタル情報を人間の手で直接操作できるものにし、日常に溶け込んだ透明なインタフェースの構築を目指すものである。このようなインタフェースの研究がアートとしてとらえられることも、メディアアートのひとつの側面と言えよう。
メディアアートのパラダイムシフト
古典的なメディアアートとしてのCG技術は、写真の表象のパラダイム▼5の枠内で進化しているが、絵画ほど独創性と表情の幅は感じられない。絵を描画する行為は、描き手が体験したさまざまなことがらを、描く対象物の幻影としてキャンバスを媒介にして肉づけしていく行為であり、描き手のもつ知識の表象であると言える。一方、CGによる表現では、物体の理論的な組み合わせ加工によるイメージの再構成を行うものであり、創造行為の過程が絵画の場合と異なると考えられる。写実性を第一義としているCG表現ではあるが、絵画が外の対象物を写し描く段階から、自律した抽象絵画へと発展した歴史と同様の、表象のパラダイムシフトが今後起きることが予想される。
デジタルなメディアによる作品には、何をオリジナルの作品とみなすのか、可変的で固定されないイメージに対し何をもってその作家の作品とみなすのか、などの批判がつきまとう。また、デジタル表現に用いられる素材は加工やデータの入手が容易であるため、著作権の問題も残されている。このような問題を抱えながらも、テクノロジーとアートの融合であるメディアアートは、新しい創造性を世に問いながら発展を続けていくと考えられる。
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