発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化のプロセス
人間の創造的問題解決、あるいは思考のプロセス(*38-1)のモデルには、川喜田のW型問題解決学[★38-4]、ワラスの四段階説、パースの三分論モデル、および市川等の二分論モデルがあり、それらはそれぞれ表1のような関係がある。創造性を支援するシステムの研究開発を行うには、近い将来において実現可能なあらゆる技術を駆使して、人間の創造的問題解決プロセスを支援することを念頭に置く必要がある。そこで高橋(*38-2)のモデルを参考に、新たな分類軸「発散的思考▲、収束的思考、アイデア結晶化(狭義の発想)、評価・検証」を表に追加している。
創造的問題解決支援システムを構築するには、従来の企業研究ではとんど研究開発されていないこの★38-1の上半分のプロセスを支援する機能を詳細に検討することが必要である。我々が「発想支援システム」と呼ぶのは、これらの「発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化」までの人間の創造的問題解決プロセスを支援するコンピュータシステムのことである。
また、「思考支援システム」というのは、最後の『評価・検証』まで、すなわち「発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化、評価・検証」までの創造的問題解決の全プロセスを支援するコンピュータシステムを構築することである。また創造活動において、創造者の置かれている環境とのインタラクション(相互作用)の重要性がさまざまな識者から指摘されている。その意味で「(最も広義の)創造性支援システム」は★38-2に示されるように、「思考支援システム+創造的環境」の構築として定義されよう。
「発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化、評価・検証」からなる創造的問題解決のプロセスの特徴を、★38-3に提示する。
発散的 | 問題提起、現状把握/収束的 | 本質追求
この表のように、「発散的思考支援ツール」のカバーする問題解決プロセスは「問題提起、現状把握」からなる。ここでは、そもそも問題は何かを明らかにすること(問題提起)から出発し、提起された問題に対して、関連情報を虚心担懐に収集し、現状の分析(現状把握)を行う。ときには、前者は問題意識を明らかにすることから開始することもある。後者においては、初めは内省的に自分自身の経験的記憶の思い出しから始め、次いで文献検索、インタビュー、野外観察等のあらゆる情報収集手段を通じて、与えられた問題の関連情報を360度の角度から分析する。その際、できるだけ客観的かつ新しいデータ収集に努め、いたずらに批判したり、特定の視点を通してのデータ収集を行わない。いわばブレーンストーミング▲の四原則(批判厳禁、自由奔放、質より量、結合発展)に則って、問題提起と現状把握を行う。自分自身の問題意識に従って、虚心坦懐に「ふと気にかかる」データを収集することが必要である。
一方の「収束的思考支援ツール▲」のカバーする問題解決プロセスは「本質追求」である。問題提起や現状把握を通じて得られた関連情報の奥に隠されている問題の本質を追求し、問題解決のための本質的仮説を読み取っていく。己(おのれ)を空しうして、関連情報の訴えかける心を冷静に判断していく。与えられた全情報を構造化するなかで、非本質的情報を捨象し、本質的情報を知識として抽出していく。このプロセスはデータやテキスト内に内蔵している知識を発見する、データマイニング▲あるいはテキストマイニングのプロセスである。すべてを包括する概念が知識として形成されたとき、問題の本質に当たる仮説が形成されたと見なされる。このプロセスの中心は仮説の生成であり、人間にとっても最も苦心惨憺するところである。このプロセスを経て、一般に複数の候補仮説が生成される。
開発途上の「アイデア結晶化支援ツール」
次にアイデア結晶化支援ツールであるが、ここでは問題の本質を評価し、問題解決に最も有効と評価される仮説を直観的に評価し(ときには、インスピレーションによって)採択する。この仮説評価・判断には、どのような観点から仮説を評価するかの暗黙の評価基準と評価関数を顕在化しなければならない。意思決定問題と同様の仮説評価・決断手法が要求される。残念ながら、このいわばインスピレーションのプロセスを支援するツールの研究は最近までほとんどなされていなかった。しかしながら暗黙知をアウェアさせる機構、あるいは情報の感触・気配を伝える機構の研究がアウェアネス支援▲グループウェア、あるいはタンジブル・メディアとして急激に進展しており、その応用としてアイデア結晶化を支援するツールが実現する可能性が開拓されつつある。
最後に評価・検証支援ツールであるが、この過程はある仮説が採択されたら、(1)どのような構想が想定されるかという構想計画、(2)この構想計画を既存の知識ベースの知識を用いて推論し、現実の世界で実現可能な方策に展開していく具体策、(3)現実世界で実践(あるいは実験)可能な手順の系列(例えばPERT▲)▼1に展開していく手順の計画、(4)与えられた制約のなかで状況の時々刻々たる変化に適応し、最適と思われる手段を実行していく実施、(5)およびその結果、仮説が正しかったかどうか検証し、(6)成功および失敗それぞれから最大限に学び、自分のもっている知識を修正していく総括・味わい、のプロセスからなる。この「構想計画、具体策、手順の計画、実施、検証、総括・味わい」のプロセスは日常の問題解決でしばしば遭遇するものである。従来から広く利用されている問題解決のための工学的ツール(例えば、構想計画/具体策/手順の計画の支援ツール)はこのプロセスの一部を支援している。したがって、ここでは既存のありとあらゆる工学的方法を利用し、問題向きの評価・検証支援ツールを研究開発することが主要課題となる。
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