政策決定プロセスに関与できるシミュレーション
『成長の限界』においてメドウズらは21世紀の地球環境を衝撃的に示した(1972)。彼らはシステム・ダイナミクス手法▼1を用いてシミュレーションを行い、経済と人口の抑制を直ちに実行しなければ、人類社会は深刻な危機に直面すると警告した。★64-1はひとつの例にすぎないが、20世紀後半を境に資源の減少、汚染の悪化により、工業生産は下降に向かい、人口も伸び悩む様子が描かれている。これを契機として、より現実的な問題設定、技術進歩などを考慮した世界モデルの構築競争が開始された。しかし、問題が大規模・複雑であり、なおかつデータが乏しい状況においては、モデル作成者の世界観そのものがシミュレーション結果を大きく左右することとならざるを得なかった。したがって、これらの世界モデルは現実の政策決定プロセスに関与することができなかった。
政策決定に利用された最初のシミュレーションモデルは、オーストリアの国際応用システム解析研究所▼2が開発したRAINS(Regional
Acidification Information and Simulation)である。酸性物質の排出・輸送・影響に関して自然・社会・経済現象を統合的にモデリングしたものであり、ヨーロッパにおける長距離越境大気汚染条約の議定書の策定に大きな貢献をしている。アメリカでも同時期に科学的に精緻な酸性雨モデルが構築されているが、こちらは政策策定プロセスに関与できなかった。RAINSの成功は国際交渉の必要性が大きいヨーロッパの特性にも助けられたものであるが、コミュニケーションツールとしては必ずしも科学的に優位なものが選択されるとは限らない例である。
地球環境を総合的に評価する
1990年代に入ってからは地球温暖化問題がクローズアップされ、科学的知見を統合化した統合評価モデルが世界各国で構築されるようになった。統合評価モデルは経済活動、温室効果ガスの排出、炭素循環、気候変化、経済被害など広範な領域の知見を統合化する、まさに知識モデルである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)▼3は統合評価モデルを用いて温暖化の予測を定量的に示し、科学者と政策関係者のコミュニケーションを深めることに努力してきた。ここにきてようやく文理相補の総合科学としての環境研究の新しいパラダイムが生まれつつある。
このように、地球環境問題に対しては、すでに非常に多くのデータが蓄積され、多くのモデルが提案されつつある。将来の可能な気候変動の影響を同定し、地球規模の気候の安定化を図るために、温室効果ガスの排出に関する非常に多くのシナリオが報告されている。これらの多くは開発された世界モデルの入出力をシナリオとしてまとめたものであり、IPCC特別報告書「Climate
Change 1994」にレビューされている。その後さらに数多くのシナリオが報告されているが、それらは組織的に管理されていないのが残念である。
知識科学▲のひとつの重要な使命は知識の統合と管理である。知識科学の立場からは、個々の現象に関する科学的知見を獲得するというよりも、実データおよび上記のようなシナリオデータに基づいて地球環境を予測し、政策策定に深くかかわれるようなシステムを開発する必要がある。★64-2はそのためのひとつのモデルであり、「環境フレームワーク・モデル」と呼んでいるものである。研究成果の知識ベース化とビジュアライゼーション、専門的知識の獲得技術、将来予測や最適化における不確実性の取り扱い手法などを内在するシミュレータでもある。現在は、関心あるすべての項目について実データやシナリオデータが完備されていないことから、開発途上にあるモデルである。
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