知偏在するコンピュータ
ユビキタスコンピューティング▼1という言葉は、1988年にゼロックス・パロアルト研究所のMark
Weiser氏が提唱した新たな計算機パラダイムであり、我々を取りまく環境(たとえば家や家具、衣服、道路、店のショーウィンドウなどなど)に、計算機があまねく「見えない」形で埋め込まれ、我々はそれらを自由に統合的に、しかも意図的にのみならず非意図的にも利用することができるような、計算機の利用形態を指している。そして最終的には、そこに計算機があることを全く感じさせず、人が環境に対してごく自然に行う動作(例えば家のドアを開ける、コートを羽織る、朝食の目玉焼きを作る、夕方の歩道を歩く、などなど)そのものによってこれらのユビキタスな計算機群を利用し、その恩恵を得られるようにすることを目指している(この点で、実世界指向インタフェースの研究やタンジブル・ビット研究と密接に関連する)。ただし、このユビキタスコンピューティングという言葉は、従来多くの場合、単純に「どこででも計算機を使える状態」、すなわちあちこちに情報キオスクと呼ばれるような「公衆計算機」を多数設置したり、小型軽量な計算機を常時持ち歩いたりすることにより、たとえばいつでも電子メールを読み書きできるというような計算機の利用形態として誤って理解されてきた▼2。
現状の研究の流れは大きく2つある。ひとつは計算機を環境に溶け込ませて存在させるためのインフラストラクチャーの研究、もうひとつはそのようなインフラストラクチャーで何ができるかというアプリケーションの研究である。例えば、米国のジョージア工科大学で推進されているアウェアホーム研究プロジェクトでは、普通の一戸建ての家の内部のいたるところに各種のセンサーを多数配置することにより、家屋内での人の日常的な行動に関するデータを自動収録する技術の研究が進められている。さらにこれによって、例えば短期記憶力が衰えた高齢者が、さっきまで何をしていたかを忘れてしまったような場合の記憶を補助する試みなどがなされている。
また、北陸先端科学技術大学院大学▲知識科学教育研究センターでは、ユビキタスコンピューティング環境を利用して知識の創造を触発支援する「知識創造エア▲」というコンセプトを提案しており、そのために必要な計算機インフラ(赤外線バッジを用いた屋内用位置検出システムなど)を導入して、主にアプリケーションの研究開発を進めている。現在までに、学内に存在する各種サークルなどのコミュニティの活動状況を各コミュニティのメンバーのみならずコミュニティ外の者も把握可能とするシステムや、自分が求めている情報を廊下などに多数設置された大型ディスプレイに提示して通行人に見せることによって、対面環境での対話を誘発することによる知識共有システム▲などに関する研究が行われている。
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