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知識創造をもたらすリアルタイムの相互調整
石崎雅人
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なぜ会わないと分からないか
「三人寄れば文珠の知恵」。このことわざが意味しているように、知識創造に共同化が必要なことは疑い得ない。しかし、「船頭多くして船山に上る」といったことわざを持ち出すまでもなく、共同化という過程がいつも知識創造▲に役立つわけではないというのも明らかであろう。社会心理学、認知心理学の知見から、ハノイの塔パズル▼1などの論理課題やWasonの2-4-6課題▼2などの帰納推論課題において、単に一緒に問題を解決するだけでは共同化の利点が得られないこと、帰納推論課題において、相手が何をして、その結果がどうであったか(実験空間)だけでなく、相手がどう考えているか(仮説空間)を共有することにより、共同化の利点が得られる可能性が示されている(*27-1)。
共同化において、情報の共有化の問題は、「いかに共有化するのか」 | コミュニケーション | がうまくいっていることを前提とする。では、コミュニケーションがうまくいくというのはどういうことなのであろうか。コミュニケーションがうまくいくことが、単に言葉を伝達するだけの問題であるならば、対面、電話、ファクス、電子メール、チャットなど多様な通信手段間には差異が存在しないはずである。しかし、現実には「会って話をしないと分からない」といった表現に代表されるように、コミュニケーションの「場▲」を共有することへの指向性が存在する。これはどう理解すればよいのであろうか。
情報通信分野のコミュニケーションモデルにシャノン▲によるものがある[★27-1](*27-2)。1940年代に提案された歴史的なモデルであるが、現在でも人間のコミュニケーションを考える上でよく引き合いに出される。情報源系列のメッセージへの符号化、メッセージの出力系列への復号化は、それぞれ、思考・意図の表現への変換、表現の思考・意図への変換になぞらえられる。この変換の比喩は、「言いたいことをうまく伝えられない」、「相手の言いたいことが分からない」といった言い回しにあるように、ある程度まで我々の直感をとらえている▼3。しかし、このモデルにおいては、リアルタイム性、相互性といった側面を捨象しているため、人間のコミュニケーションモデルとしては適切でない。
コミュニケーションにおけるリアルタイムの相互調整
人間のコミュニケーションは、極めて時間に敏感である。相手の発話に対して重なるように話をしたり、ある時間内に応答をしなければ、相手は言い直しをするか、その重なりや非応答を否定的な行為としてとらえるであろう。逆に言えば、話者は、適切なタイミングで話をしなければいけないことになる。しかしこれはなかなか大変な仕事である。相手が許容する時間内に、相手の発話を理解し、自分の考えをまとめ、相手に分かるように表現をしなければいけない。このような時間的に厳しい行為を可能にするために、非言語(身振り、視線等)、音声、言語情報は、伝達内容だけでなく、これから行う行為に関する情報を伝達する。たとえば、自分の話を終える場合、話す速度を徐々に遅くしたり、話を続ける場合は、発話末を伸ばしたり、イントネーションを変化させたりする(注意レベル)。また、「つまり」とか「むしろ」といった表現は、これから話される内容が前のものの言い換えであることを伝達する(認識レベル)。「話は変わりますが」、「話をまとめると」といった表現は、現在の話題とこれからの話題の関係を伝達したり(理解レベル)、相手にお願いする場合に、予備的な質問をしたりする(相互行為レベル)。
また、発話が時間的に厳しい行為であることは、相手の発話を十分に理解できなかったり、自分が言いたいことを言えなかったりする可能性があることを意味する。コミュニケーションの目的を達するためには、相手の発話を単に聞くだけでなく、確認をしたり、ただ話すだけでなく、言い方を変えたりと、相手の状況を考慮に入れて、次の発話を調整する必要がある。このような調整は、右記と同じく、注意、認識、理解、相互行為レベルにわたって行われる。たとえば、相手が自分の呼びかけに気付いていないと思えば、声を大きくしたり、手を振ったりして注意を引くようにすること(注意レベル)や、相手がある単語を聞き取れていないと思った場合、一言一言ゆっくり話したり(認識レベル)、また、ある概念が相手に分かりにくいと思った場合、相手の反応を見ながら、表現を変化させたり(理解レベル)、やりとりの中で、相手の言語行為の解釈を変化させ、応答を変化させていったりする(相互行為レベル)。
このように、人間のコミュニケーションは、注意、認識、理解、相互行為の多レベルからなる、非言語、言語、音声の複数の媒体を使って行われるリアルタイムの相互調整である[★27-2]。この過程は、複雑で精巧なことは分かってきているが、非言語、言語、音声がどのような情報を伝達しているか、これらの複数の媒体間にはどのような関係があるのかなど、解明すべき研究事項が多く残っている。
近年、計算機のハードウェア、ソフトウェア技術の急速な進歩により、実際のコミュニケーションを詳細に調べることができるようになりつつある。知識科学▲では、このような道具を活用して、まず、コミュニケーションがどのように行われているかについて明らかにし、その知見をもとに知識創造におけるコミュニケーションの問題へ取り組んでいく。
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