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いかに技術や知識を利益化するか
遠山亮子
組織ダイナミックス論


「ありうべき姿」と「どうやって目標を達成するか」

企業の技術戦略とは、端的に言って何を・いつ・誰と開発するか、そして開発された技術からどのように利益を得るかについての戦略である。企業は自社の有する資源、自社を取り巻く環境、自社の企業戦略と照らし合わせて、それぞれの項目について「ありうべき姿」(目標)と「どうやって目標を達成するか」(プロセス)を意思決定しなければならない。



何を開発するか

どのような技術を開発するかという意思決定は、企業の知識ビジョン(どのような技術が必要か)▼1、企業の有する知識資産.▲(その技術は開発可能なものか)、そして、その技術の市場での将来性(その技術はどれだけ利益を生むことができるのか)に基づいて行われる。知識ビジョンに基づき必要な技術を開発できるかは、企業が現時点で有している知識資産によって規定される部分が大きい。もちろん、技術開発に必要であるが不足している知識資産は、外部からの購入や他者との共同開発によって補うことができる。しかし、外部からの知識の価値を判断し、吸収し、使いこなすためには、受け入れる側にそれなりの吸収能力(absorptive capacity)が必要である(コーエン&レビンサル、1990)(*09-1)。
新たな知識資産を蓄積するにしろ、外部からの技術を受け入れるにしろ、時間と費用がかかる。ある時点での「何を開発するか」という意思決定は、その後の技術の発展経路を規定してしまう。これを技術の経路依存性▲(path dependency)という。したがって、将来どのような技術が必要になるか、またその技術を自社で開発することが将来にわたってどのような影響を与えるかを考慮した上で技術戦略は決定されなければならない。例えば、自動車会社が現時点では市場としては小さい電気自動車の技術開発に投資するのは、将来その技術が重要となることを見越して、今のうちから必要な技術(知識資産)蓄積を図っておくためである。
技術はS字曲線▼2を描いて進歩すると言われる(フォスター、1986)(*09-2)。企業がその競争優位の中核としている技術がこのS字カーブの限界に近づいている場合、企業は次世代の技術に投資する必要がある。しかしながら、ある技術が現在S字曲線のどこに位置するか、そしてその技術的限界にいつ達するかを事前に予想するのは、かなり難しいことである。また、技術的限界に達した技術でも、ネットワーク外部性▼3などさまざまな要因によって市場で使われ続けることもあり、古い技術が企業にとって利益の源泉であり続けることも可能である。技術の将来性を判断するのが難しいのはこのためである。



いつ・誰と開発するか

技術開発に関しては、大きく分けて他社がまだ取り組んでいない全く新しい技術を開発するか、それともある程度開発された技術を取り入れるか、というリーダーシップ戦略とフォロワー戦略とがある。リーダーシップ戦略を取る企業は、技術的リーダーシップが取れる、利益の先取り、ブランドイメージの確立、稀少資源の占有など先行者の優位性(first-mover advantage)を得ることができる。切り替えコスト▼4やネットワーク外部性から来る市場の囲い込みもこうした優位性のひとつである。一方でフォロワー戦略の獲得企業は先行者の開発した技術にただ乗りしたり、技術開発につきものの不確実性の減少といった後発者の優位性を得ることができる。
技術の複雑性と相互依存性が高まり、技術開発にかかるコストと必要な知識が膨大になるにつれて、企業が単独で技術開発を行うことは難しくなってきた。また、数多くの企業が採用し、市場でデファクトスタンダード(事実上の規格)となった技術が、技術そのものの優劣にかかわらず生き残る例も多い。企業が単独で技術を開発するか、他者(競争企業、顧客、供給業者、大学、政府研究機関など)と共同で開発するか、そしてその場合、誰と開発するか、は企業の技術戦略を決定する上で重要な要因である。



どのように利益を得るか

開発した技術を自分で製品化するかそれともその技術を売るかという、技術から利益を得る方法もまた、技術戦略の重要な要因である。技術から利益を得るためには、技術力だけでなく、流通チャネルや生産力といった補完資産(complementary asset)が重要な役割を果たす(ティース、1986)(*09-3)。もし、技術から利益を得るのに必要な補完資産(たとえば流通チャネル)をその企業が独占あるいは寡占していれば、その企業はその技術から大きな利益を(その補完資産が有効である限り)得ることができる。ただし、先に述べたように、技術の独占が企業の長期的利益につながるとは限らない。技術を無料、あるいは低価格で他者に公開することにより、その技術を早く市場に普及させることが、市場の拡大と技術の発展に、ひいてはその企業の長期的利益につながることもある。
技術から利益を得るには、その技術を他者の模倣からどのようにして守るかという戦略も重要である。技術を特許で守るか、それとも特許化せずに守るかはその技術の性質と、知的財産にどれほどの法的保護が与えられているかによる。


  対応ARCHIVE
  知識資産▲
10
  経路依存性▲
51
  ▼1
知識ビジョン
知識ビジョンは、企業のドメインと存在意義を企業がどのような知識を創り出すかという観点から定義づけるものである。そうした知識ビジョンを達成するための企業戦略の一環として、技術戦略も位置付けられなければならない。たとえばマブチモーターの場合、「小型直流モーターをできるだけ低価格で供給することにより世界に貢献する」というビジョンに基づき、モーターのコストリーダーシップ戦略をとっている。したがってその技術戦略も、小型直流モーターの標準化、低価格化、そして技術の横展開(多用途化)に集中している。
  ▼2
S字曲線
技術は当初非常に緩やかなペースで進歩するが、やがて急激にそのペースは速まり、そしてその技術が自然法則に起因する限界に近づくとともにペースが落ちて、再び緩やかな技術進歩しか起こらなくなる。
  ▼3
ネットワーク外部性
例えば、PCを購入する際、ウィンドウズ機はマッキントッシュ機に比べユーザが多いので、アプリケーションソフトの数も多く、回りの人間とのファイル交換もしやすいといったことが購入の決め手をなることがある。このようにユーザ数(同じネットワークに所属する者)の増大とともにその財(ネットワークに所属すること)から得られる便益が増大することを、ネットワーク外部性という。ネットワーク外部性が高い財の場合、その財の機能の優劣そのものよりも、いかに多くのユーザーを初期段階でつかむかが普及の決め手となる。
  ▼4
切り替えコスト
現在使用している製品・サービスから別の製品・サービスに切り替えようとした場合、その製品・サービスの購入コストのほかに、新しい製品・サービスを探し、評価し、使い方を学ぶなどのコストがかかる。これを切り替えコストと呼ぶ。
 
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