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知識社会においてますます重要になる
林幸雄
知識システム構築論


世間は意外に狭い

お互い他人同士の2人が少し話をしてみたら、知人の知人くらいを通じて接点があったということはよく経験することである。我々の想像以上に世間は狭い。統計的には、6人の知人を介して人々は結び付いており、WWWでは任意の2つのホームページが19回のリンクを介してつながっていることが分かっている。実は、一見無秩序に活動している人間社会やインターネット▲などの自律的なネットワークの構造には、このような「小さな世界」と呼ばれる共通の特徴▼1が潜んでいるのである。
1998年、サンタフェ研究所のWattsとStrogatzにより、WWWをはじめ、インターネットのルータやドメインの結合関係、俳優の共演関係、論文の引用、電力網、神経回路網などのさまざまな現実のネットワークは、これまでの研究で主として扱われてきた規則正しい結合構造でもランダムでもなく、両者の中間的な「小さな世界」の特徴をもつことが明らかになった。さらに現実のネットワークは、これらの特徴以外に、結合数の疎密な部分が混在するという特徴をもち、結合数の少ない非常に多くの頂点と、結合数が非常に多い(ハブ的な)ごく少数の頂点からなる「べき乗則」の分布に従う。
統計物理学者Barabasiらはさらに驚くことに、このような「べき乗則」に従うネットワークが、単純なたった2つの原理によって生成できることを理論的に示した。その原理は、自律的に新たな頂点が追加され続け、新しい辺はより多くの辺をもつ頂点に結合しやすい▼2というもので、自然現象や社会現象における多くの対象に当てはまりそうな自然なものである(実際、この「べき乗則」は先のWWWや俳優の共演関係などのすべての例で確認され、自律成長ネットワーク▼3における普遍則だと考えられている)。
ただし、「べき乗則」に従う結合特徴にも欠点はある。不幸にも、ハブ的な頂点に相当するサーバがハッカーなどから攻撃されると、ネットワークは極度にバラバラな状態に分断されてしまう。もちろん、巨大なネットワークからそうしたハブを見つけるのは一般に困難なので、すぐに壊滅的な状況が起きることは予想しがたい。
しかしながら、我々のライフラインの一部としてインターネットはもはや欠かせないものなので、自然界の生物の関係連鎖や生息分布のような「生態系」として、その結合特徴や重要箇所を分析抽出するWebology▼4の研究は重要であり、欧米諸国を中心に近年脚光を浴びている。



うわさの伝搬やウィルスの駆除を科学する

ネットワークの研究には、「小さな世界」や「べき乗則」などの構造的な特徴のみならず、伝搬の速さや広がりに関する解析も重要となる。
一般にはあまり広く知られていないことと思われるが、有名な検索エンジンGoogleのPage Rankアルゴリズムも、WWW上のランダムウォークによって滞在率が高いページを評価する(技術的には遷移行列の優固有ベクトルを求める)ことで検索精度を上げており、本質的には拡散伝搬▼5の計算をしていることに相当する。
さて、統計物理では、さまざな格子上の頂点や辺がでたらめに結合してできる連結部分領域▼6が、ある結合確率を境につながって、全体がひとつになる現象について理論解析されている。例えば、平面内の点の場合、平均で5本以上の辺をもてば、無限に広がった領域ができる。したがって、もし各人が確実に5人以上に話を伝えていけば、それは(あっという間に)世間全体に広がってしまうのである[★57-1]。これを広告などの宣伝に使えば効果は抜群であろうし(本書の内容のアピールにもできれば協力して頂ければ大変嬉しいが)、ウィルスなど悪意な目的に用いれば大きな被害を生む。
著者らもWWWのようなネットワークでは、一様にランダムな結合の場合より若干多い5本のリンクを平均的にもてば、全体の90%以上に情報が蔓延することや、蔓延するまでの時間はネットワークの規模に依存しないことをシミュレーションを通じて見つけている。さらに、WWW以外の俳優の共演関係(うわさの広がりに相当)や電力網なども、同様な特性をもつ。一方、ランダムな結合の場合は、蔓延に必要な平均辺数は3本で、一様な広がり方をするので規模に比例した時間が必要となる。
また、駆除ソフトとのイタチごっこの中でコンピュータウィルスの蔓延を防ぐには、どのようにネットワークを分断・隔離して制御すればよいかなどについても検討を始めている。


フロンティア領域に参入しよう

しかしながら、規則的な格子モデルの理論解析ではなく、自律的に成長する(「べき乗則」に従う)実際的なネットワークに関する研究はまだ始まったばかりであり、より多くの優秀な研究者がこのフロンティア領域に参入することを期待したい。
また、新規産業創出の可能性を秘めたこのようなネットワーク生態系の応用に対しても、コンピュータネットワークに限らずライフラインの設計や災害時の復旧などにかかわる多くの実務的な課題(環境や生態系の保護も含まれるだろう)に興味をもつ、産業界の技術者や先見の明のある経営者からの支援をお願いしたい。

 


  対応ARCHIVE
  インターネット▲
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  ▼1
「小さな世界」と呼ばれる共通の特徴
規則正しい構造でも全くランダムでもなく、それぞれ両者の良い特徴―比較的よくクラスター化(相互に結合した塊のような部分が多数存在する)されており、かつ、任意の2頂点間の距離が短い―をもつことを明らかにした。詳細はNature Vol.393, pp. 440-442 を参照されたい。
  ▼2
身近な例で言い換えれば、お金持ちほど、より裕福になる傾向があること。富の分布でも、ごく少数の金持ちと大多数の貧民で構成されるような、「べき乗則」に従う。Nature, Vol. 406, pp.378-382も参照されたい。
  ▼3
自律成長ネットワーク
どこか特別な司令塔/司令官がいるわけでなく、それぞれがお互いの関係だけで自らネットワークを構成して成長していくもの。
  ▼4
Webology=Information Ecologies + the World Wide Web
米国西海岸のゼロックスPARC研究所の計算機科学者や理論物理学者らが提唱した考え方で、コンピュータネットワークの結合特徴やサーバの分布などを生態系としてとらえ、解析することを指す。
  ▼5
拡散伝搬
物質上に熱源を置いた場合、しばらく時間が経過すると全体が均一な温度になるように、ある頂点から接続辺を介して順に情報が伝わって、全体に広がること。
  ▼6
連結部分領域
クラスターとも呼ばれる。例えば、白黒の碁石を適当に碁盤の上に並べたとき、黒石でつながった島の領域ができる。このような島の部分のことを指す。
 
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