リニアモデルからの脱却
産業競争力の中核はイノベーション▲の創出力である。イノベーションの発展プロセスは時代とともに進化し、また製品市場の成熟化とともに変化する。これまでは、新しい科学技術知識がイノベーション創出の主要なドライビングフォースであると考えられてきた。すなわち、まず「研究」を行い、その結果、生まれた科学技術知識を応用して、新製品開発につなげるという、「研究」→「開発」→「設計」→「製造」→「販売」の直線的な流れ、つまり「リニアモデル(linear
model)」の考え方が支配的であった。これは学界、産業界、その他有識者を問わず、経営者、研究者、営業部門、さらには一般市民にまで、潜在的意識として深く浸透している。
しかし、この考え方は1980年代中頃から米国では大きく変わってきている。S・クラインは85年、イノベーションは研究から始まり開発へと進むとする「リニアモデル」を否定し、イノベーションの出発点は「市場発見」であるとする「連鎖モデル(chain-linked
model, 別名「クラインモデル」といわれる)」を発表し話題を呼んだ(*52-1)。
このクラインモデルでは、イノベーションの進展プロセスは、サイエンスによって科学知識を蓄積するプロセスとは別ものであるとした。科学技術知識の生成過程と密接に連携しながらも、そのスターティングポイントは、「市場発見(market
finding)」である、という非常に重要な結論を得ている。「研究」から始め、これが実って「新規製品・新事業」につながる、というこれまでリニアモデルの考え方とは大きく異なる。
さらにクラインは、市場を洞察しそこで発見した将来製品コンセプトを追求する「市場プル(market pull)」の方が、技術開発を先行させる「技術プッシュ(technology
push)」よりはるかにイノベーションの成功確率が高いと述べている。例えば、日本の液晶ディスプレー(LCD)の第一段階の製品目標は、時計・電卓への応用であり、これらの製品市場からの利益還元を得て、第二段階のワープロ、パソコン用に再投資し、さらに第三段階の白黒・カラーTV液晶へとスパイラル状の発展を遂げた。これとは対照的に、米国のGE社やRCA社は最初から壁掛け平面TVへの応用を狙ったために途中で挫折している。これらのケースは、製品市場のもつ技術開発牽引力の強さを顕著に示しており、市場発見による戦略的コンセプト目標の設定が非常に重要であることが分かる。
近年の米国では、クラインモデルの考え方が企業の研究開発マネジメントにも浸透している。例えば、GE社の本社研究センター(CRD)では、「リニアモデル」からの脱却を唱え、研究開発に入る前に、マーケティング、開発、ビジネス、マネジメントなど、関係するすべての部門が十分話し合う「ラウンドテーブル」方式に切り替えたという。今後の日本の科学技術推進システムを考える上では、クラインモデルは非常に重要な意味をもっている。特に産学連携を核とするナショナル・イノベーションシステム▲を構築していく上では、このようなイノベーションのパラダイムシフトが行われていることに留意する必要がある。
次世代のイノベーションモデルの鍵は「新結合」
これからのイノベーションマネジメントでは、いったん、リニアモデルの呪縛から逃れることが肝心である。イノベーションプロセスは、注意深く見ると、市場の発展段階に沿って、生成発展の過程が変遷してきており、イノベーションモデルは世代論的にとらえるのが妥当である。これから先のイノベーションプロセスはどのような傾向があるのか、よく見極めた上で戦略的な対応が重要である。つまり、次世代イノベーションの方向は、前ページの図に示すように、応用市場の明白な「リニアモデル(第1世代)」から、市場ニーズを洞察して新製品を発見するクラインの「市場発見モデル(第2世代)」に移り、さらには、仮説を立て市場実験によって初めて新製品コンセプトの妥当性が確認できる「市場実験モデル(第3世代)」へと進展している(*52-2、*52-3)。
さらに世代論的に将来を大胆に予測すると、もはや市場を発掘するというのではなく、新しく市場を創る段階になると考えられ、それは★52-1のような「市場創造モデル(第4世代)」ではないかと考えられる。そのひとつはプラットホーム・モデルで、これは人工魚礁に例えると分かりやすい。魚がいなくなると、テトラポッドのようなもので人工の魚礁を海底に造る。これは海底のプランクトンを海中に押し上げ、これを食べる小魚がさらに大きな魚を呼び込むように連鎖的に成長する。このような具体的な兆しも現れ始めている。例えばソニーの開発したプレイステーションは新しい市場を創造するプラットホームビジネスで、順次参入するゲームソフト・プロバイダーとの協創により新しくゲーム市場を作り出している。また、シュムペーター▲▼1の新結合の原理に立ち返って考えると、融合モデルともいうべき基本的なイノベーションモデルが見えてくる。例えばiモード▲携帯電話は携帯電話とインターネット▲という大きな2つの社会インフラネットワークを創造的な新規商品サービスコンセプトで融合させたもので、iトロン技術を活用して実現したものである。さらに将来モデルとしては、IT革命を踏まえて、利用者と供給者が共同で創る「市場協創モデル」である。これにはソニーのAIBOエンターテインメントロボットのようにニーズの掴みにくいもの、多様なものに適している。このような種々の新しい市場創造モデルが出てきている。
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