知識――見えざる資産
現代における企業の生産活動は、土地や資本ストックへの物的な投資と、原材料費や労働コストの支出を行うだけでは成り立たない。経営者は、新たな製品を開発・設計するための創造的な活動、革新的なマーケティングの手法、顧客との信頼関係を構築するカスタマー・リレーションシップといった無形(intangible)の要素も投入しなければならない。それらの投入要素は、プロダクトマネジャー、エンジニア、マーケティングスペシャリスト、ビジネスコンサルタントなどの高度な専門的知識をもった「ナレッジワーカー」によって提供される(ニーフほか、1998)(*50-1)。イギリスの『エコノミスト』誌(1996年9月28日付)によれば、こうした専門的知識が生み出す価値は、自動車の付加価値全体の70%を占め、マイクロチップのようなハイテク製品では、その割合が85%に達するという。
このように、知識が主要な生産要素となり、その増大が成長の源泉となる経済を「知識経済」(または知識基盤経済▼1)という。先進諸国における知識経済へのシフトは、その産業構造にサービス経済化(脱工業化)が進展し、また伝統的な工業部門の内部においても、業務に占める専門的なサービスのウエイトが高まってきたことに端的に現れている。そして、この移行過程は近年に始まったものではなく、18世紀末にイギリスで産業革命が起こって以来、200年以上にわたって進行してきた変化なのである。
それにもかかわらず、知識の増大という成長要因が長い間見過ごされてきたのは、それが資本ストックに一体化された技術進歩や、職能に埋め込まれた見えざる資産としての特質をもつからである。その重要性を明らかにした最初の分析は、経済学者のロバート・ソローによって試みられた。彼は1957年に発表した論文の中で、過去40年間におけるアメリカの経済成長の要因は、資本ストックや労働といった投入要素の単なる増大ではなく、その90%近くが技術進歩、すなわち知識の増大によるものであることを示した。
近年、ソローが技術進歩の計測に用いた「全要素生産性(TFP)」▼2の伸び率は、多くの先進諸国で低下傾向にあるが、他方、知識経済への移行という現象はますます注目を集めている。その理由のひとつは、企業経営の国際化やITの普及に伴って、知識が一国にとどまらず、グローバルに活用されるようになったことにある。この点を反映して、経済協力開発機構は知識経済の指標を整備したスコアボードの中に、研究開発や高等教育に関する国別データのほか、科学技術を担う人的資源の国際的な移動やインターネットの利用状況などを計測したデータも含めている(OECD、2001)(*50-2)。
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