教育工学:知識科学の学問的先輩
教育は人間社会において最も重要な活動の一つである。様々な大きさの組織において多大な時間・コスト・労力が教育活動に捧げられている。その活動の分析・改善・設計の工学的手法の開発を目指すのが教育工学という学問分野である。教育工学は学習心理学、情報科学、システム工学を基礎にしている。人間の学習過程に関する理解(学習心理学)に基づいて、学習・教育改善に寄与することを目的として、必要に応じてコンピュータを活用(情報科学・システム科学)し、学習・教育事象の分析・設計に関する研究を行う。視聴覚機器の授業中での活用手法とその効果に関する研究、授業設計の方法論(インストラクショナル・デザイン)に関する研究、教育ソフトウェアに関する研究、テスト理論・教育データ分析に関する研究など、幅広い課題が研究対象とされている。
安価で高速な情報通信機器の普及とともに、急速に発展・普及しているe-Learning(情報通信技術を用いた学習支援)ももちろん、教育工学の研究対象である。特に、誰もが、どこからでもインターネットにアクセスすることができるようになり、プラットフォームを問わないウェッブブラウザが普及したことによって、職業訓練・資格試験対策講座・企業内教育・大学教育などの学習コンテンツを、ウェッブベースの遠隔教育▲サービスとして提供する組織が増えている。その中で、学習コンテンツのデザイン手法に関する研究、膨大な学習データの分析手法の研究、授業とのブレンディング手法の研究、など様々な魅力的な研究課題の宝庫になっている。
ある意味では、このような課題を扱う教育工学は、ある意味では知識科学の学問的先輩にあたる。教育という社会システムを対象として、社会科学・情報科学・システム科学の3つの学問領域を融合して、教育現場で観察される事象を分析し、教育を改善するための理論構築と技術開発を目指している。これは知識創造の現場で観察される事象に対して知識科学が目指すものと同一であり、教育工学は融合領域の辛さと楽しさを知り尽くした先輩といえる。
教育工学が対象とする現場が学校・企業等の教室であったときは、相対的に閉じた社会を対象とした学問という認識が強かった。特に、我が国の教育工学は、学校教育に閉じた現場を主対象として成長してきた感がある。しかし、e-Learningという現場の出現によって教育現場という概念に大きな変化が起こりつつある。e-Learningでは、あらゆる個人、あらゆる組織が、あらゆる文脈で、インターネットを用いて学習するようになっている。閉じた環境(学校)での閉じた対象(教科)に関する狭義の学習を主な対象としていた教育工学が、開いた環境(社会、組織など)での開いた対象(専門外の課題、一般的疑問など)に関する広義の学習までを対象に含むようになり、基礎とする心理学・情報技術・システム科学のモデルも複雑化している。事実、e-Learningに関する先端研究は、狭義の学習支援を超えた、広義の学習(知識創造、ナレッジマネジメント)を包括する支援モデルを模索しはじめている。特に、セマンティックウェッブ▲技術を利用した広義の包括的学習サービスの研究は、今後、重要な研究課題になるものと思われる。
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