ロボットからソフトウェアエージェントまで
鉄腕アトムの誕生日が2003年4月7日(執筆時より9カ月後)である。近年の人工知能技術・ロボット技術の発展は目覚ましいが、鉄腕アトムのようなロボットはまだ生まれていない。エージェント技術は、まさに鉄腕アトムのような知的なロボットを実現することを目標とする技術である。
「エージェント」という言葉の定義に関しては、長い議論が行われているが、統一的なものはなく、さまざまな定義が存在する。多くの定義の中で、共通するのは「自律性を持った行動主体である」という点である。このため、自律性さえあれば、エージェントと呼ぶ場合もある。例えば、サーモスタットは自律的に温度を感知し、スイッチのオン/オフを行うため、サーモスタットをエージェントであると主張する研究者もいる。ただ、サーモスタットも鉄腕アトムも、ともにエージェントと呼ぶのは直感に合わない。
そこで、ここではもう少し知的な振る舞いをもった行動主体をエージェントと呼ぶことにする。すなわち、AI▲研究者の観点である。AI研究者が言うエージェントは、自律的(自分自身で動く)、社会的(他のエージェントや人間と対話する)、目的指向(自ら目的をもって行動する)、および反射的(環境の変化に対して適切に反応する)な特徴をもつソフトウェアまたはロボットを意味する。鉄腕アトムはまさにこの4つの性質をもち、さらに学習能力や感情ももち合わせている。この種のエージェントは、単に自律性のみをもつエージェントと区別して、知的エージェントと呼ばれる。
マルチエージェント・システムとは、エージェントがたくさん集まり、個々の問題を解決しながら、全体としての問題を解くシステムである。最新のマルチエージェントの研究には、AI、複雑系▲、経済学、ミンスキー流など、さまざまなアプローチがある。それぞれの研究分野の境界は明確ではない。ここでは、知的エージェントが複数集まった場合に、全体としていかに問題解決を行うか、という点に焦点を当てた、AIに基づく研究分野(*54-1)に注目する。
マルチエージェント・システムの現実的な応用例として、まず、複数の自律的協調ロボットがある。例えば、地球から遠く離れた火星のような惑星では、地球からの通信に膨大な遅延が発生するため、ロボットが自律的に意思決定し、知的に行動することが期待される。実際に1997年に火星で自律的に探査を行ったMars
Pathfinderは自律的な知的ロボットといえる。近年このような自律的なロボットを複数用意し、自律的に協調させながらより複雑な作業を行わせる試みがなされている。
次に、インターネット上の複数の自律的ソフトウェアエージェント▲がある。このようなソフトウェアエージェントはショッピングサイト▲からの情報検索を代行する。例えば、ワシントン大学のO.
Etzioniが開発したSoftbotは、電子商取引を支援する知的エージェントであり、ショッピングサイトの入力フォームを自動的に学習し、複数のショッピングサイトから自動的に情報を検索する。
複数のエージェントを協調させるための古典的な要素技術として、契約ネットプロトコルや黒板モデルがある[★54-1][★54-2](*54-2)。契約ネットプロトコルは、タスクや資源を分散したエージェントに割り当てるためのモデルであり、人間社会の契約プロセスをモデル化した協調モデルである。まず、タスクは、複数のサブタスクに分割される。そして、アナウンス、入札、および落札、という基本的な3つのステップに基づいて、各サブタスクは、複数のエージェントに割り当てられる(タスク共有)。エージェントは自分自身の利益を考えながら入札や落札をする。
一方、黒板モデルは、エージェントが黒板のような共有メモリ(厳密には仮説を共有するための空間)を介して協調的に作業を行うモデルである。各エージェントは自分自身の観点からタスクを処理し、部分的な解を持ち寄る(結果共有)。具体的には、互いに異なる処理能力をもつエージェントが、それぞれ共有メモリからデータを読み込み、処理し、再び共有メモリに書き込む。そして、全体として、ひとつの問題を解決できる。黒板モデルでは、契約ネットプロトコルのように、タスクとサブタスクというタスクの明確な階層構造を前提にしていない。
自律的に相互作用するソフトウェアエージェント
今後、ソフトウェアとしてのエージェントがサイバー空間の至るところに配置され、人間の生活をあらゆる面で支援するようになると、エージェントは社会的な規則や倫理に反した行為を行うべきではない。そこで、様相論理▼1を元に構築された義務論理を使うことによって、社会的な規則や倫理に反することなく行動する社会的エージェントを実現しようという研究もある。また、遠く離れた惑星の上で、複数のエージェントが自律的に学習を行う場合、学習すべきではない行動を学習しないようにするにはどうするか、というセーフラーニング(safe
learning)に関する研究も行われている。
さらに、人間の代行作業を行うエージェントがどの程度自動的に意思決定をすべきか、逆にどの程度意思決定権を人間に返すか、というアジャスタブルな自律性に関する研究も行われている。マルチエージェントの有望な応用分野として、電子商取引支援がある。エージェントは、ユーザの代理となって取引相手を探したり、商品の価格をダイナミックに設定したり、自動的に入札をする。また、売り手も買い手も満足するような合意点を探すためには、多くの計算量が必要となる。そこで、エージェント同士が互いに自動的に交渉・協調することによって、ユーザの負担を軽減するといった研究も現在、活発に行われている。今後、無線LAN等の高速なネットワークの出現によって、複数のソフトウェアやロボットの相互作用に基づき、大規模・複雑な問題解決や今までにはない形態のさまざまなアプリケーションの出現が期待できる。
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