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知識生産における様式の進化
永田晃也
研究開発プロセス論


個別学問領域から領域の横断へ

近代科学の発展は、高度に専門分化されたディシプリン(個別学問領域)の内的論理によって、その方向性が決められてきた。一方、これとは別に19世紀以来、問題設定が社会的・経済的なアプリケーション(応用)を要請するコンテクスト(状況)によって決定される科学研究が増大してきた。環境科学や予防科学は、その典型的な例である。後者は、トランスディシプリナリ(領域横断的)▼1な性格をもち、大学だけではなく産業界や政策担当者を含む多数のアクターの緊密な相互作用によって推進され、また社会的なアカウンタビリティ(説明責任)▼2を負うといった点に特徴付けられる。科学技術政策の研究者であるマイケル・ギボンズらは、この2つの科学研究を区別する上で知識生産(knowledge production)の様式=モードという概念を導入し、前者をモード1、後者をモード2と呼んだ。
この区別は非常に単純ではあるが、今日の科学史に起こりつつある変化の本質を明らかにしてくれる。かつてトーマス・クーンが、科学革命の構造を解くために提唱した「パラダイム」という概念は、対象の把握様式と、それに伴う問題設定やアプローチについて科学者共同体(scientific community)の内部で共通に了解された方法を意味するものであった(クーン、1962)(*49-1)。したがって、あるパラダイムの下で知識の探求を行ってきた通常科学の担い手たちが「革命」として経験するパラダイム交代とは、特定のディシプリンの内部で起こる認知的な変換のことなのである。これに対して、特定のディシプリンや科学者共同体の枠を超えて存在するモード2は、モード1に交代するのではない。むしろ両者は、複雑な問題解決に応じて知識を活用し、新たな知識を生産・蓄積していく上で相互に補完する関係に立っている。
モード2の知識生産は、産学連携による新産業の創造を重要な政策課題としている近年の日本において、顕著に増大している。文部科学省のデータによれば、1988年度から98年度までの10年間に、産学の共同研究は583件から2568件に増加した。文理融合を柱として既存の学問領域の再編・統合を目指す知識科学研究科が、北陸先端科学技術大学院大学に設立されたことも、モード2への新たな挑戦という意義を帯びている。ただ、ギボンズらが、特定のトランスディシプリナリな分野を確立しようとする試みを、ディシプリンの制度化を模倣するものとして批判していることは、この研究科の挑戦を方向付ける上で注意に値するであろう。知識科学は、2つのモードのダイナミックな補完関係を内包することによって、常に自己変革を遂げるものでなければならないのである。

  対応ARCHIVE
  ▼1
トランスディシプリナリ
複数のディシプリンの相互浸透を伴う場合をいう。ディシプリン間の単なる協力によるものをマルチディシプリナリな研究、概念や方法論を共有するものをインターディシプリナリ(学際的)な研究という。
  ▼2
アカウンタビリティ
主として情報公開に関する行政機関の責任について使われる概念だが、薬害エイズ問題などを契機に科学者の説明責任が問い直されるようになった。
 
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