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いま求められる、‘生きのびるためのデザイン’
野口尚孝
意思決定メカニズム論


消費拡大と地球環境破壊

景気浮揚のために消費を拡大させる政策が打ち出される。こうした考え方はいまでは当然と考えられている。しかし、よく考えてみれば誰でも気付くことであるが、消費の拡大はもはや限界に達している。これ以上消費を拡大すれば地球環境を破壊する排気ガスや廃棄物の量は急速に増大し、資源が急速に枯渇することは目に見えている。もし、いま急速に経済成長を続けている中国やインドなどの人々がやがて日本やアメリカと同じような消費生活をするようになれば、地球環境▲はたちまち危機的な状態に陥るであろうことは確実である。そうなれば人類全体の存亡が危ぶまれることにもなるであろう。それにもかかわらず、消費を拡大しなければ、国際的市場競争に負けてしまうというプレッシャーが各企業を突き動かし、それによって経済体制が維持されている。デザインの分野でも消費の拡大を目指した目新しい商品を次々と生み出すためにデザイナーは日夜働いている。しかし、本当にそれほど人々は消費を求めているのだろうか?おそらく否である。それでは、なぜそのような状態が生み出されてきたのだろうか?それは近代社会の成立に関わる「モノづくり」の在り方に起因していると考えられる。


近代社会におけるモノづくりの特徴

人間は、有史以来自然界の一部を、自分達の目的に沿ったモノへと作り換えることで問題を解決してきたと考えられる。人類のモノづくりは、近代以前までの社会では環境破壊をもたらすところまでは行かずに済んでいた。しかし、それが18世紀以後の産業革命によって、大きく変化した。生活用品の大半が機械化された工場での大量生産による商品という形で行なわれるようになり、生産手段を持つ企業のもとでつくられるようになったためである。それと同時にモノづくりに直接携わる人間の能力までもがこの生産様式に組み込まれるようになった。このモノづくりにおける一大変革は、社会全体で行なわれる生産と消費の繰り返しにおいても近代特有の形態として現れている。社会に必要な生産物をつくるための生産手段は企業という組織によって占有され、社会的生産に必要な人間の能力は(知的能力も含めて)労働力として企業において生産手段と結合されることによってはじめて発揮され、商品をつくるために用いられる。つまり生産手段を所有し、商品を作りその販売利益によって生産組織を維持発展させる人々と、生産手段を持たずに労働力を企業に売り渡し、その代価によって生活に必要な商品を買い、それらを消費することで労働力を維持し、生活する人々という2大グループが発生し、そのもとで社会的生産と消費が行なわれているのである。ここに「生産者」と「消費者」という近代商品経済社会特有の概念が発生することになる。確かに商品経済社会の拡大とともに工学や科学的知識への要求が著しく高まり、人類の知識量は飛躍的に増加した。しかし一方で、市場での競争による消費拡大がもたらす廃棄物の急増や地球環境破壊そして商品生産量の増大と反比例する人間の存在感の喪失といった社会全体の危機的状況が生み出されている。現在では、それにもかかわらず消費を際限なく増大することでしか社会経済体制を維持できないという矛盾を呈しているのである。
地球環境が持続可能な状態で社会が発展できるようにするためにはどうすればよいのか、これは今日の人類の知識が受けている最大の挑戦である。たしかに現在では、ISO14000に見られるような商品のリサイクル問題、設計における環境対策などが企業ごとに行なわれてはいるが、依然として根本的な問題解決からほど遠いと言わざるを得ない。根本的な解決には不必要に消費を拡大することなく、必要なものを必要なだけつくることで成り立つ経済体制が必要であるといえる。その場合、単なる消費の促進という観点からではなく、必要(ニーズ)あるいは需要の内容そのものを深く吟味しなければならなくなるであろう。なぜなら、それが本当に内発的なニーズであるのか、それとも外側から注入されたニーズなのかが問題となるからである。内発的ニーズがどのようなモノを求めているのかを探り出し、それを形にしなければならない。そのときこそ本来の意味での創造的知識が求められるのである。そのためには商品の付加価値を高めるための創造性ではなく、その背後にあってより深い思考を要求する、普遍的な意味でのモノづくりの創造性を明らかにしなければならないのであり、これは知識科学に課せられた大きな課題の一つであるといえる。


職能としてのデザインと普遍的なデザイン思考の違い

あらゆる時代を通じて行われてきた人間のモノづくりに関する知識において中心的な位置にあるのが普遍的な意味でのデザイン思考である。普遍的デザイン思考とは、人間の要求を充たすために対象を目的に応じて作り換え人工物を生み出す際につねに行われる思考である。つくり出されるべきモノをあらかじめ頭の中で案出するために、それまでに獲得された知識から必要な要素を抽出し、目的実現のためにこれらを再構築することで新しい知識を生み出し、それを最終的には人工物という形で表出する思考(行為)である。普遍的デザイン思考は抽象レベルではあらゆる時代を通じて共通であっても具体的には歴史上の各時代における生産と消費のなりたち方によって様々に異なった形となっていた。 19世紀に現れた「設計技術者」や20世紀に現れた「工業デザイナー」という職能は、普遍的デザイン思考が近代商品経済社会特有の社会的分業のひとつとして現れたものといえる。したがって、これらの職能は近代商品経済社会特有の特徴を持っており、用いられる知識や創造性は「売れる商品」をデザインするためのものである。したがって、「売れる」ことに直接関係ない知識や創造性はほとんど無視されることになる。そのため「売れるもの」と結びつかない膨大な知識と創造性が日の目を見ないで埋もれてしまっているといえる。今日の著しい科学技術の発展にもかかわらず、深刻な地球環境破壊を回避するための知識創造が成し得ないのはそのためであるといっても過言ではないであろう。
いま必要なことは、消費拡大のための商品デザインではなく、もう一度、人類の普遍的なデザイン思考という観点に立ち返って、今日の職能的デザインの立場からは決して見えないが、本来われわれに必要な普遍的な思考や知識の中から次世代の持続可能な社会に結びつく知識や思考を掘り起こし、モノづくりの担い手であるすべての職種の人々とともに次世代のモノづくりに向けたあらたなグランド・デザインをするための創造的知識を創出することではないだろうか。


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