topkeywordmaptextarchiveforumindex
 

Chapter1 知のダイナミクスChapter2 知のエレメント Chapter3 知のメソドロジーChapter4 知のエンジン
知識を支援するとは
  38
39

40
発想支援システム
発散的思考支援
システム

収束的思考支援
システム
知識創造の多様なアプローチ
  41
42
43

44
103
知識発見
創造科学と創造技法
知識創造
ビルディングス

音楽創造性支援
人工物創造知識

知識をつむぐ
インターフェース
  45

46
47

48
104
ヒューマン
インタフェース

アフォーダンス
知的ビジュアル
インタフェース

メディアアート
サステイナブル・
デザイン

 


概念空間の探索と変容を支援する
西本一志
知識科学教育研究センター


「概念空間」の探索・変容

人間が新規な発想を得るに至る認知的メカニズムは、依然として十分に解明されておらず、種々の仮説が林立している状況であるが、新規な発想の獲得には少なくとも「概念空間の探索(Exploring Conceptual Spaces)」と「概念空間の変容(Transforming Conceptual Spaces)」の2つの思考作業が必要であることが明らかになってきた。ここで概念空間とは、ある知識ドメイン▼1の基礎をなし、一定の可能性の範囲を規定するような、生成システムないしルールによって張られる空間のことである。たとえば、ニュートン力学はひとつの知識ドメインであり、運動の法則などの基本的なルールによってその概念空間が構成されている。概念空間の探索には、大きく2つの目的が存在する。ひとつは、概念空間中に既に存在しているが、人がまだその存在に気付いていないような可能性(すなわち情報や知識、あるいは関連性など)を見いだすという目的である。ニュートン力学の例で言えば、まだ解明されていないが、おそらくニュートン力学で説明可能と思われる物理現象をニュートン力学の基本ルールによって示そうとする行為などがその一例とみなせる。
概念空間探索のもうひとつの目的は、対象とする概念空間が内包する、何らかの限界を見いだすという目的である。ニュートン力学では説明不可能な現象を発見する行為などがこれに当たる。そして、この見いだされた限界を乗り越えるために概念空間に対して何らかの変更を加えることが、概念空間の変容の目的である。概念空間を変容させる典型的手段としては、元の概念空間における基本的な制約の破棄や否定などがある。例えば相対性理論は、ニュートン力学の基本的制約のいくつかを破棄し、光速度不変の原理などの新たな基本的制約を導入して構築された。
発散的思考▲」という思考過程は、概念空間の探索と変容という2つの思考作業と密接に関連している。発散的思考とは、「ある課題について、関連がある情報や知識をできるだけ幅広く大量に想起抽出する思考作業」であり、特に「根拠はないながらも何となく気になる」という程度の不明瞭な関連性をもつ情報や知識の収集が重要とされる。したがって、この作業が概念空間の探索に該当することは明らかであろう。さらに、関連性の不明瞭な情報や知識を得るということは、既存の概念空間の構成規則では単純に説明できないような情報や知識を得ている可能性があり、その際に暗黙的に概念空間を変容させていると考えられる。

「情報・知識そのものに対する気づき」と
 「関連性への気づき」

発散的思考支援とは、人による概念空間の探索あるいは変容を支援することであり、そのような支援を行うシステムが発散的思考支援システムである。これまでに構築された発散的思考支援システムは、2つの種類に大別される。ひとつは連想辞書や連想データベース検索を利用して、入力された語や文に対する関連語や関連情報を提示するシステムである。
もうひとつは、人が収集した情報や知識断片の相互の関連性を空間的な構造として可視化するシステムである。このシステムにおいては、ほとんどの場合、情報・知識断片の関連性は、それらが含んでいるキーワードの共起・共有関係に基づいて計算される。関連性の強さと各情報・知識断片の空間配置の計算には、力学的手法(バネモデル▼2ポテンシャルモデル▼3など)や統計的手法(多次元尺度構成法▼4双対尺度法▼5など)が多く用いられる[★39-1]。
いずれのタイプのシステムも、概念空間の探索作業を支援する。すなわち、前者のシステムは概念空間中に存在し得るが、気付かれていない関連情報・知識そのものに対する気付きを提供する。
これに対し後者のシステムは、情報・知識断片間に存在し得るが、まだ気付かれていない関連性への気付きを提供する。また、後者のタイプのうち統計的手法を用いたシステムでは、空間の基底▼6が与えられるため、情報・知識断片の存在しない空白領域に意味を見いだすことが可能となり、人によってもシステムによっても、まだ見いだされていない関連情報・知識への気付きをも提供できる。
さらに、統計的手法によって構築された空間を数学的に得られた一種の擬似的な概念空間であると見なせば、この空間の基底はその空間の構成規則に対応することになる。そこで、適宜この基底を破棄したり変形させることにより、この擬似概念空間を自在に変容させることができるようになる。こうして得られた新たな概念空間を探索すれば、さらに新たな関連情報・知識や関連性を得ることが可能となると期待される。
なお、これらのシステムが提示する関連情報・知識や関連性が本当に実際の概念空間中に存在するかどうかは、保証の限りではないことに注意されたい。その最終的な判断はあくまで人に任されており、システムは可能性を提示するにすぎない。より精度の高い支援を目指して現在も研究開発が進められているが、まだ十分な精度を得るには至っていない。特に概念空間の変容の支援についてはまだまだ研究の余地が多く残されており、カタストロフィ理論▼7などを応用した概念空間の変容支援の試みなどがなされつつある。


  対応ARCHIVE
  発想的思考支援システム▲
42
  発散的思考▲
38 / 40
  ▼1
知識ドメイン
体系立てられ、基盤化がなされている、ある一定の範囲の知識の領域。
  ▼2
バネモデル
オブジェクト(ここでは個々の知識・情報断片)の間を、各オブジェクト間の関連性の強さに応じたバネ定数を持つ仮想的なバネで接続し合い、全体のバネによる引力および斥力エネルギーが最小になるようにオブジェクトを配置する方法。一般に最適解を求めることは困難(不可能)であり、準最適解を求め、用いる。
  ▼3
ポテンシャルモデル
オブジェクトの周辺に電位場や重力場のような仮想的なポテンシャル場を形成させ、オブジェクト群全体のポテンシャルエネルギーが最小になるようにオブジェクト配置を求める方法。やはり最適解を求めることは困難(不可能)であることに加え、計算量が膨大になるため、適用例はほとんどない。
  ▼4
多次元尺度構成法
オブジェクト群中のすべてのオブジェクト対の間に距離や類似度が設定されているデータについて、この距離関係や類似関係をn次元空間上でのオブジェクト間の位置関係として表示する統計的分析手法。
  ▼5
双対尺度法
複数の数量化属性で構成されたオブジェクト集合が与えられたときに、オブジェクト集合と属性集合にそれぞれ得点数量を与える(たとえば、20人の自動車評論家が、10種類の新車に対し、それぞれ10段階で良しあしを採点する)ことによって、オブジェクト同士の属性共有性(評論家aは車AとBを高く評価している、など)と属性同士の共起性(車Aは、評論家aとbがともに高く評価している、など)を空間における相対的な位置関係として表現する統計的分析手法。
  ▼6
基底
ある線形空間にn個の1次独立な元e1、…、enが存在し、この線形空間中の任意の元がe1、…、enの1次結合で表されるとき、e1、…、enはこの線形空間の基底と呼ばれる。直観的には、n次元空間のn個の座標軸のことであると考えればいいだろう。
  ▼7
カタストロフィ理論
徐々に変化する状況の下で突然に発生する不連続現象を扱う理論。その応用範囲は広く、船舶の安定性解析や、物質の相転移、生物学における発生などに応用されている。
 
  ▲page top