環境政策や資源管理施策に活用されるローカルな知
「土着の知」(indigenous
knowledge)とは、狭い意味では発展途上国の原住民や先進国の先住民(たとえばアイヌ)がもっている特定の地域、文化、社会に固有な知識(local
knowledgeローカルナレッジ)であるが、広い意味では普通の人々がもっている経験的・実践的・伝統的な知恵のことであり、専門家のもっている科学的知識に対比させて使うことが多い。特に、自分たちの住んでいる環境についての土着の知は、伝統的・生態学的知識
(Traditional Ecological Knowledge : TEK) と呼ばれ、発展途上国では宗教や神話と結びついて存在している。植物や動物などの知識に関しては、原住民が西洋の科学者をはるかにしのぐことも珍しくない▼1。
発展途上国の土着の知は、1970年代まで非科学的だとして抑圧されてきた。しかし、その土着の知を無視して一方的に先進国(主に西洋)の科学技術を押しつける開発手法の失敗が明らかになってきたことから、1980年代以降は、土着の知を持続的な開発のためにいかに役立てるか、という研究と実践が始まった。たとえば、発展途上国の開発に伴い、生態系の破壊が深刻な問題になってきており、環境と共生する形で生き永らえてきた住民のもつ伝統的・生態学的知識を、持続的な環境保全と資源管理を目的とした開発・環境政策に生かそうという動きが広まってきた。
また、熱帯林に豊富な薬用植物の知識は、原住民のシャーマンによって徒弟制度的に伝承されてきたが、現在では西洋文明の浸透とともに後継者が減りつつあり、貴重な知識が失われる事態になっている。そこで、いくつかの多国籍製薬企業は、民族植物学者たちを現地に派遣して、シャーマンに弟子入りさせ、彼らに採取させた薬用植物から効率的に新薬を開発し、土着の知という知的財産を使った見返りに、当該製品の売上の数パーセントを原住民に返している。
日本にも、失われつつあるがアイヌの土着の知が存在し、広義の意味での土着の知である庶民の伝統的な知恵もまだ残っている。たとえば琵琶湖周辺に住む人々は、湖水やそこに流れ込む川の水を汚さないための工夫をさまざまに凝らしていた。集落を流れる水路はわざと蛇行させて窪地をつくり、汚物を沈殿させて定期的に汲み上げて肥料とした。水路で下着やオムツを洗うことは強く戒められ、オムツはタライで洗い、洗い水は便所に入れる習慣もあった。また、風呂の落とし水は便所に小便と一緒にため、2、3日に一度の割合で汲み出して、畑の肥料とした。さらに、食器などを洗う川の洗い場ではコイを飼ってご飯つぶなどを餌として食べさせた。こうして家庭生活から出る排水・廃棄物のほとんどが有効に再利用され、結果として水域の汚染(富栄養化)を防いでいたのである(*23-1)▼2。このように土着の知は、環境政策や資源管理施策という知識を創造するに当たり、極めて役立つ知識源なのである。
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